九州一周を終えた今、図らずも南蛮船渡来の地、平戸、横瀬浦、福田、長崎、口之津をヨットで訪ねることができた。ここに報告いたします。
1543年に倭寇でもある王直の船が種子島に漂着する。その時に鉄砲が伝来して、ポルトガル人も乗船していた。 1549年ザビエルは薩摩の坊津に上陸した。 1550年平戸、山口、豊後に行きキリスト教の布教を始めた。 平戸と豊後で南蛮貿易は始まった。 大名間の争いや仏教徒とのいざこざで平戸から横瀬浦、福田、1570年に長崎へと貿易港が移って行った。
平戸
横瀬浦
福田
佐世保から長崎の野母をめざしたが、手前の長崎サンセットマリーナに舫うことになった。 知識が及ばなかったが、ここは南蛮船の貿易港の地であった。
長崎と福田港
ここは大村藩の領地です。 平戸で松浦氏とポルトガル人は不仲になり大村藩の横瀬浦に移りました。しかし、そこは反大村住定純忠派により襲われ1年ほどで役目を終えた。 ここ福田に来航するようになった(1565-1570)。 しかし下記地図により分かるように西側は東シナ海に開けており満足な良港とはいかなかった。 それで長崎(1570)に移ることになる。
福田浦と福田城、丸木館
長崎
口之津
2023-6-30
【日記の最新記事】
- オ−ルドメデイアNHKの姑息な報道
- メロ−ニ伊首相 イタリア万歳
- ウオ−ゲ−ムのAI進化
- 年金額UP、社会保険料引き下げと国民の願..
- ケルン大晦日集団性暴行事件
- 豊臣兄弟 天下を獲った処世術 磯田道..
- 噓だらけの日本近世史 皇室から見た江戸..
- アクセス数の異常値はAIの資料読み込み?..
- そろそろ「先進国」の定義を考え直そう
- 映画 開戦前夜
- 皇・すめらぎ 青山繫晴
- "Never Enough"
- 日銀当座預金金利
- 墨夷応接録・英国策論 森田健司、 ..
- ヘンデル Eternal Source ..
- 秀吉の大返し
- 50代はヨット天国
- 水毒 水戸藩の悲劇
- ホルムズ海峡の掃海
- 犬塚是重 上海特務機関長の3年