2017年09月26日

大村益次郎 生誕・お墓の地


 台風空けの日曜日にJRで大村益次郎の生誕・お墓の地へ行きました。 あいにく広島から下関までの本土よりの地には、上関を除いてヨットを停泊させる、ふさわしい地には恵まれていません。九州にヨットで行く際には、どうしても頑張って、この地の沖を航行して行くことになります。 

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四辻駅

 さて、かってこの地は鋳銭司村と称していましたが、JR の駅名には四辻となっています。なぜこの良い名前を付けなかった理由はわかりません。新山口駅の一つ手前の無人駅です。 下記の地図に生誕地とお墓に行く道を示しました。  (地図のように歩くのがオススメです)

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JR四辻駅よりの地図

 大村益次郎はこの地で生まれ3年ほどして父親の縁のある地へ転居しています。

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生誕地碑

 ここからお墓に行くのに駅近くの地下道を抜けて、高速道路沿いの国道2号線山陽道沿いを歩きました。お百姓さんの民家が黒塗り瓦で敷地も広く豊かさを感じさせます。

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 民家

 JRでの三原から広島までの車窓風景は茶色の瓦屋根の民家を多く見かけます、ところが広島を過ぎると黒塗り瓦屋根の民家を目にする機会が多い、なぜか地域的特徴があるようです。

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 民家その2

 お墓と鋳銭司郷土館は大きな長澤池のほとりにあります。5階建ての吉南病院が目印です。案内板に沿って少し山奥に入っていくと大村益次郎と妻の琴子のお墓があります。暗殺された後この地に運ばれてお墓ができた。

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 右にあるのは妻琴子のお墓

 鋳銭司郷土館には展示室が2つあり、一つはこの地にあった銭鋳造所に関するのも、もう一つは大村益次郎に関する展示である。 両親の息子にあてた手紙が展示されていて母親うめの手紙が興味をひいた。女性らしいやさしい字で、村医者で3反百姓の妻である人でも教養高い知性が感じられる。

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 郷土館

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 郷土館のとなりにある大村神社

 帰りは地図上を歩き、物静かな山間の雰囲気を楽しめます。司馬さんの小説「花神」のなかで、この地をほめる言葉を大村が妻琴に述べる描写があるという。

 鐘楼の立派な誓安寺をのぞいたが静かなたたずまいであった。

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 誓安寺

 途中でシラサギが道路中央に立ち止まり、こちたが気配を消して過ぎ去ると羽ばたいて逃げることもなかった。

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 ほどなく、生誕地にたどりつく。


  2017-9-26

 大村益次郎






 
posted by 終活・克ヨット at 15:00| Comment(0) | 日記